サステナビリティ

バイオの世界を探検してみよう
東京工業大学生命理工学部への招待

2005年度 第2回 公開講座応援団

東京工業大学 公開講座レポート

平成17年7月21日(木)~22日(金)の2日間にわたり、東京工業大学で、高校生の皆さんを対象にした特別講習会(公開講座)が開催されました。
少し緊張気味の受講生を前に、開会式では生命理工学部長の広瀬茂久先生が、目薬やドリンク剤を例にビタミンにまつわるノーベル賞のお話をしてくださいました。なんと、初めてビタミンB2の合成に成功したのは東京工業大学で、ノーベル賞こそ受賞できませんでしたが、世界的話題となったそうです。この流れをひいている生命理工学部で先生の講義を受け、実験の指導もしていただけるたっぷりの内容に、受講生たちも期待がふくらみます。
今回のテーマは、「がん遺伝子を解析しよう」「酵素のはたらきを調べよう」の2つ。遺伝子に興味のある人、酵素に興味のある人、バイオ全般に興味のある人と様々ですが、 講義を受けたり実験をしたりしながら、受講生たちはバイオの世界を体験することができたでしょうか? 夏休み最初の2日間を、東京工業大学での講義と実験でスタートさせた受講生たちを取材してきました!

プログラム

  • がん遺伝子を解析しよう

  • 酵素のはたらきを調べよう

がん遺伝子を解析しよう

がん細胞の細胞表面に大量に発現している、上皮増殖因子(EGF)受容体の遺伝子について解析しました。また、顕微鏡でがん細胞の観察も行いました。

ご指導頂いた先生方 (生命理工学研究科・生体システム専攻)
・喜多村直実 先生,駒田雅之 先生,傳田公紀 先生,田中利明 先生
・大学院生インストラクターの皆様

(喜多村直実先生/生命理工学研究科・生体システム専攻)

悪性腫瘍と呼ばれるがん(cancer)は、分化して互いに役割を分業するはずの身体の細胞が、勝手に増えつづけてしまう病気です。一方正常な細胞は、必要な時に必要な数だけ増えます。それでは、正常細胞とがん細胞との違いはどこにあるのでしょうか?日本人の死因トップを占める「がん」に、興味を持つ受講生は多いようでした。
今回の講習会では、がん細胞の細胞表面に大量に発現している、上皮増殖因子(EGF)受容体の遺伝子について解析しました。正常な細胞とがん細胞とでは、問題の遺伝子の発現はどのように違うのでしょうか?また、がん細胞を顕微鏡で実際に観察したり、細胞を培養する様子を見せてもらったりと、初めての経験がたくさんできたようです。

実験前の講義の様子

がん細胞の前に、細胞や細胞の分化、組織や器官についての講義がありました。細胞から構成されない例外的な生物は、これまで発見されていません。「私たちの体は200種類、60兆個の細胞が集まった共同体で、それぞれの細胞が特別な役割を担い、相互に作用しながら巧みに機能することによって、生物としての活動を維持している」という先生の講義を、みなさん興味深そうに聞いていました。
それでは、今回調べるがん細胞と、正常の細胞とでは何が違うのでしょうか?細胞内には、細胞のがん化を促進するがん遺伝子(oncogene)と、がん化を抑えるがん抑制遺伝子(tumor-suppressor gene)が多数発見されています。そのどちらか一方あるいは両方に異常が起きると、細胞増殖のコントロールができなくなって、がんが発生すると考えられています。今回の実験では、まずがん細胞からDNAを抽出して、その問題の遺伝子をPCR法で約100万倍に増やします。その後、増やした遺伝子を電気泳動によって分離しますが、「どのような結果が理想的なのか?」を、実験の原理に基づいて、みなさんそれぞれ考えていました。
ピペットの操作方法を練習している時は、初めて使う実験器具に興味津々といった様子。「マイクロリットル」という、これまで縁のなかった容量の単位に、きちんと量り取ることができたのか、少し不安そうでした。

実験の様子

インストラクターの方に培養細胞を取り分けてもらったら、早速その細胞からDNAの抽出です。液を入れたり、遠心分離を行ったり、溶液の上層だけを吸い取ったり沈殿を残したりと、細かいステップをたくさん踏んで、ようやく白くてもやっとしたDNAが抽出できたようです。「とても少ない量でも、DNAを実際に見ることができた!」、「これがDNA? 実感できないなぁ。」など、いろいろな感想が聞かれました。
がん細胞からDNAを抽出した後は、それを使ってPCRを行いました。「プライマーって何?」、「3'とか5'って何?」と、高校生からの質問が次々出てきます。そんな積極的な質問に対して、ノートやホワイトボードを使って先生やインストラクターの方が丁寧に説明する姿が、あちこちで見られました。難しい顔をしながら話を聞いている高校生の顔が、「分かった!」と笑顔になった瞬間、取材の私も笑顔になっていました。
PCR後の解析には、小型電気泳動システム『i-MyRun』の登場です。今日初めて手にしたピペットで、小さな溝にサンプルを流し込むのはドキドキ。先生のデモンストレーションを真剣に観察した後、コツを教わりながら慎重に慎重に・・・。見ているこちらも、思わず息を止めてしまいました。
泳動後、得られた結果は全員が大成功!・・・とはならなかった様子。でも、上手くいかなかった理由や、どうすれば次は成功するかといった対処法を考えることも大事ですよね。成功したグループの写真と見比べながら実験手順を見直したり、成功した場合でもコントロール実験の必要性を考えたりと、一枚の写真から学ぶことはたくさんあったようです。
それぞれの実験の合間には、がん細胞の観察も行いました。シャーレに広がるがん細胞は、形も大きさも様々。どのような特徴があるかをじっくり観察して、イラストを描きます。

受講生の声

今回の参加者は高校1年生から3年生まで、所属高校も様々で、背景がかなり異なります。「遺伝子に興味があって参加したので、高校の生物とは違う遺伝子の扱い方がおもしろかった」 という意見や「遺伝子の実験は難しい」という意見が聞かれました。マイクロリットルという量を扱うことに関しても、「そういう世界なんだなぁ」と、遺伝子を扱った実験を実感したそうです。
「ピペットマンを見たのも初めて」と、溶液を吸う時や出す時の操作を、インストラクターの方に何度も確認する姿も。「ピペットマンを使った操作が楽しかったです」と、これまでとは違う実験器具や機器にも興味を持ったようでした。
「実験の原理も難しかったし、細かい操作も大変」と語ってくれた高校生も、「難しいけど楽しいです」と笑顔でした。

主催者報告

指導していただいた先生方は、高校生の学年の違いや高校の違いから生じる予備知識の差に苦労されたようです。難しすぎても簡単すぎても良くないので、実験の説明に関しても、どの程度までの専門用語を使っていいのかということから考えなければいけません。
でも、「がん」という、よく耳にする病気をテーマにしたことや、テキストに掲載した「がんを防ぐための12カ条」(バランスのとれた栄養をとる、適度にスポーツをする等)によって、高校生の皆さんは、難しい実験にも興味を持ちやすかったようですね。
喜多村先生、インストラクターの皆様、本当にありがとうございました。

酵素のはたらきを調べよう

(石川智久先生/生命理工学研究科・生体分子機能工学専攻)

ヒトの体は、体重の60~70%と大部分が水分ですが、これを除くと、残りの75%程度(泰淳の18~20%)がタンパク質です。20種類のアミノ酸が50個以上、ネックレスや数珠のようにつながったものをタンパク質と呼びますが、20種類のアミノ酸3つを適当につなげた場合でも、203=8,000種類となるわけですから、タンパク質の種類の多さが分かりますね。
私たちの体内には非常に多くのタンパク質が存在し、発見されているもののそのはたらきが未だ分かっていないタンパク質のはたらきを明らかにしようという試みが、日々世界中で行われています。そのタンパク質の一種である酵素は現在までに数千種類も発見されており、生物の体内で非常に重要な様々なはたらきを担っています。
今回は、生化学実験の手法を用いて、タンパク質分解酵素とリン酸分解酵素のはたらきを調べました。

実験前の講義の様子

タンパク質の基本構造の次は、タンパク質の一種である酵素を扱う際の研究手法について教わりました。生物の体内に存在する物質を生物の体外で取り扱う『生化学実験』では、1. 関係のないものは混ぜない、2. 使用する溶液の量を正確に量り取る、ことが重要です。ゴム手袋をはめた慣れない手つきで、小さなマイクロチューブのふたの開け閉めを練習する姿は、見ている側にも力が入ってしまいました。
酵素が世界で初めて発見されたのは、今から170年以上も前の1833年だそうです。現在までに数千種類も見つかっている酵素は、そのはたらきに基づいて大きく6つのグループに分けられています。その中でも今回は、グループ3に属する加水分解酵素の中の、タンパク質分解酵素とリン酸分解酵素のはたらきを調べます。その手法として、タンパク質から切り出されたペプチドを見るSDSポリアクリルアミド電気泳動や、切り出された無機リン酸をマラカイトグリーンという色素で見る方法を用いて、実験が行われました。

実験の様子

ゴム手袋をきちんとはめたら、いよいよ実験開始です。今回準備されている酵素は3種類。でも、どの酵素がどんなはたらきを持つかは分かりません。実験の操作だけでなく、得られた実験結果からそれぞれの酵素のはたらきを考える楽しみがありますね。
まず、血液の中に含まれるタンパク質「アルブミン」が、酵素によって切断されるかどうかを電気泳動によって調べます。遺伝子実験で行った電気泳動とはゲルの作製やセッティング方法が異なり、少し難しい作業が多いため、インストラクターの方が準備してくれる様子を皆さんじっと見つめていました。でも、「せっかくタンパク質の実験をしに来たのだから」との先生やインストラクターの方たちのアイデアで、ゲル作製体験をすることができました。マイクロチューブ内で溶液を混合してゲル化の様子を観察し、溶液を混合すると少しの間でゲル化することや、室温と氷上では、室温での方がゲル化しやすいことが分かったようです。
次に、同じ3種類の酵素を用いてリン酸分解の様子を観察しました。生物は、ATPという物質を分解した時に得られるエネルギーを利用して活動を行っていますが、この時にはたらく酵素がリン酸分解酵素です。酵素の反応には酸性とアルカリ性の条件を準備して、リン酸分解酵素でも酸性条件ではたらくものか、アルカリ性条件ではたらくものか、も調べました。結果は黄色から深い緑色まで、目で見てすぐに分かる違い。鮮やかな色の違いに、高校生の嬉しそうな声があちこちで聞こえました。
2つの実験から、トリプシン(タンパク質を分解する)、酸性ホスファターゼ(酸性溶液中でリン酸化合物を分解する)、アルカリホスファターゼ(アルカリ性溶液中でリン酸化合物を分解する)が、3種類準備されていた酵素のそれぞれどれにあたるのかを推測できたでしょうか?自分の考えを話し合ったり、先生に解説してもらったり、結果を検証するのも楽しそうでした。

受講生の声

SDSポリアクリルアミド電気泳動で、タンパク質が分解された様子を観察することができました。「ゲルって家に持って帰ってもいいですか?」と、綺麗に染色されたゲルを、インストラクターの方にラップで包んでもらっている高校生が何人か見られました。
溶液自動分注機の前では、振動で溶液を混合する様子やチップが自動で取り外される様子に、「おぉ~っ!」と感動の声も。
今回、次々に操作をしなければいけないほど実験がたくさんありましたが、「たくさん実験できて楽しかった」という意見が多かったです。「何がしたくて、どうなるべきかが分かるから、実験しながらも楽しめた」と笑顔で語ってくれた高校生も。考えながら実験して、得られた結果からさらにいろいろ考える、という研究の楽しみも味わうことができたみたいですね。

主催者報告

指導していただいた石川先生の研究室では、高校生たちがする実験と全く同じタイムテーブルでリハーサルを行ったそうです。「講義や実験操作の時間はどれくらい?」「この待ち時間をお昼休みにあわせる?」「テキストは難しすぎない?」など、1回に20名以上もの高校生を相手に実験講義をするには、その計画も大変ですね。
でも、楽しそうに実験したり、真剣な顔で説明を聞いたりする高校生を見れば、その大変さも喜びに変わったのではないでしょうか?
石川先生、インストラクターの皆様、本当にありがとうございました。

閉会式&修了証書授与式

2日間のバイオの世界の探検が終わり、受講生ひとりひとりに修了証書と全員の集合写真が手渡されました。
今回、この公開に参加したきっかけは?と尋ねると、「がんに興味があった」、「酵素のテーマがおもしろそうだった」、「進路を決めるために」、「実験するということがおもしろそうだった」、「家が近かったから」など様々でした。講義や実験を通して、普段は使わないピペットやゴム手袋に戸惑ったり、使用した実験機器の金額に驚いたり、また、この講座で知り合った友人と連絡先を教えあったりと、大満足の2日間となったようです。お話を伺った受講生は、皆さん「参加してよかったです」、「バイオにますます興味を持ちました」と笑顔で話してくれました。
募集人数を上回る応募者があった今回の特別講習会。東京工業大学では、生命科学に興味のある高校生全員に、そのおもしろさを体験していただきたいと、47名の応募者を全員受け入れてくださいました。このようなバイオの世界に触れたことをきっかけに、ひとりでも多くの科学者が育っていくことを期待しています。

私たちコスモ・バイオは、「ライフサイエンスの進歩・発展に貢献する」ことを第一の経営理念に掲げ、皆様に信頼される企業づくりを目指しています。この理念に基づき、今回のような、大学等が実施する公開講座の支援を通して、次の世代を担う“明日の科学者”にライフサイエンスの面白さと楽しさを伝えるお手伝いをします。