IR情報

本ページに掲載の情報は、2024年9月現在の内容です。

【第27回】アルツハイマー病
 ~長寿社会の宿命的な病の克服に挑む最先端~

人生100年時代といわれるなか、認知症を患う人(65歳以上)が年々増加しており、今や4~5人に1人(700万人以上)が認知症またはその予備軍であるといわれています。認知症をきたす疾患は100種類以上ありますが、その7割近くを「アルツハイマー病」が占めています。「治療法のない病」といわれてきましたが、世界中の研究者の飽くなき探求によって、いよいよ多様な治療方法の開発・提供が始まる前夜まで到達してきました。今回は、この「アルツハイマー病」を取り巻く状況を簡単に紹介します。

「アルツハイマー病」ってどんな病気なの? 進行したらどうなるの?

●アルツハイマー病の主な「中核症状」:記憶障害(物忘れが起きる、新しいことを覚えられない)、思考・判断能力の低下、見当識障害、失行(目的に合った動作が行えない)、失認(視力や聴力、触覚が正常に働かない)、失語(言葉がうまく操れない)●アルツハイマー病の主な「周辺症状」:初期→不安、うつ状態、妄想、中期→幻覚、徘徊、興奮、暴言・暴力など激しい精神症状、末期→人格変化、無言、無動など

アルツハイマー病は、いわゆる「病気」であり、加齢による脳の機能の衰え、いわば自然な老化現象として起こる物忘れとは、まったく別物です。脳の中では何が起きているのでしょうか?アルツハイマー病では、脳の認知機能を担う領域の神経細胞が、自然に脱落していくよりも速く、病的に死んでしまっています。いわば、脳障害(=脳の神経細胞の病的死)であり、これが緩やかに進行していきます。特に海馬体の萎縮が顕著に見られます。
主な症状としては、認知機能など脳のはたらきが低下して起きる「中核症状」と、この中核症状に付随して行動・心理等に現れる「周辺症状」があります(右表の通り)。中核症状は脳障害に起因するものですので、一度失われた機能は二度と取り戻すことができません。一方、「周辺症状」は、環境や家族の接し方の変化によって軽くなったり重くなったりするもので、家族の寄り添いや、患者に共感した言動などが大切になってくるようです。
終末期になると、身体機能や免疫力が低下し、その結果、呼吸器感染や循環器疾患となる症例が多くみられ、これがアルツハイマー病による死因の多くを占めています。

「アルツハイマー病」はどんなメカニズムで起こるの? 治すことはできるの?

●アルツハイマー病発症のメカニズム:(1)Aβやタウは、健康なヒトの脳にも存在するが、通常は「脳内のゴミ」として短期間で分解・排除される (2)これが何らかの原因で異常に蓄積すると、正常な神経細胞が壊れて死んでしまい、やがて神経細胞が減少していくと「認知機能」に障害が起こる (3)さらに、脳全体が徐々に萎縮していき、「身体機能」も失われていく ●アルツハイマー病の世界初承認の抗体医薬品(レカネマブ)の概要:抗体医薬品がAβに結合。神経細胞周辺のAβが減り、アルツハイマー病の進行を抑制。

アルツハイマー病は、1906年にドイツの精神医学者アロイス・アルツハイマー氏によって世界で初めて報告されました。亡くなった人の脳の神経細胞の内外には、何らかの物質が異常蓄積していたのです。1980年代にその正体は、外側に溜まった物質が「アミロイドβ(ベータ)」(以下、Aβ)、内側に溜まった物質が「タウ」(共にタンパク質)であることが分かり、1992年には「Aβカスケード仮説」が「科学誌Science」に発表されました。以降、この仮説に基づいて、病因物質であるAβを脳から取り除くことを目指した治療薬の開発が、世界中で進められました。
まず、比較的早い時期にワクチン療法が考案されましたが、副作用の問題が克服できず開発は断念されました。その後、抗体医薬の開発が世界中の製薬会社で進められましたが、その多くが臨床段階で断念するなど、開発は難航してきました。しかし、「Aβカスケード仮説」発表から約30年を経た2023年、日本と米国の製薬会社が共同開発した抗体医薬品(レカネマブ)が、日本と米国でついに承認されました。
アルツハイマー病患者にこれまで投与されてきたくすりは、生活習慣に対するケアなどの面から症状を緩和する対処療法的なくすりで病態そのものの進行は抑制できませんが、この抗体医薬品は、初めて病態に作用し、病態の進行を抑制することができる、画期的なくすりです(但し、根治を目指すものではありません)。
このくすりが開発されたことで、アルツハイマー病は「治療できる(進行を遅らせることができる)病」となり、今後、多様な治療法を開発していくための大きな一歩を踏み出すことができたといえます。

これからもっと、アルツハイマー病のくすりの開発が進むのかしら?

アルツハイマー病のくすりは、抗体医薬品の世界初承認を皮切りに、多様なくすりの開発が進んでいるよ!

アルツハイマー病患者の脳の神経細胞の周りに溜まったAβをもう少し詳細に見ると、実は、下図のように段階的な凝集が進んでいる。時間の経過とともに、凝集体がどんどん膨れ上がっているわけだ。大量に凝集した塊(老人斑)に至ると、アルツハイマー病はかなり進行してしまっていて、これを取り除いても効果が出ない。世界初承認の抗体医薬品(レカネマブ)は、プロトフィブリルの段階で除去すれば治療効果が見込めることを発見し、それに作用する抗体を開発することができた点で、非常に画期的だ。

アルツハイマー病に対するくすりの開発はこれだけじゃない。脳の神経細胞の外側に凝集する「Aβ」に加え、内側に凝集する「タウ」にも注目して、これらを除去・低減するくすりの開発が行われている。また、他の病気と同様に「早期発見」は治療効果を高める最大の手段になるから、Aβ沈着を検出するバイオマーカーの開発も進んでいる。そして、より十分な量のくすりを脳の患部まで届ける研究もおこなわれている。

脳には、ウイルスなどの異物が入り込むのを制御する部位「血液脳関門」がある。抗体医薬品も、投与した量のわずか0.1%程度しか脳に入らない。

アルツハイマー病は、今のところ残念ながら“治る”(完治する)病気ではありませんが、早期発見・早期治療開始によって大幅に病態の進行を遅らせることができる日が、もうすぐそこまで来ています。そして、その先にある“完治”も見据えた研究が世界中で行われています。アルツハイマー病を恐れず充実した日々を過ごすことができる長寿社会の実現が期待されます。

コスモ・バイオでは、認知症のメカニズム解明や、薬剤スクリーニング、新薬開発のための試薬やキット、サービスを取り揃えています。

【商品情報サイト】特集:神経科学(神経変性疾患の研究・解析)